ベースマスター
ブランディーノ(ケビンチャ−ルスブランドン)

ケビンは音楽の都市シカゴ、ニューオリンズ出身の両親のもとにカリフォルニア州コンプトン市で生まれた。

彼は生まれつき足が不自由だったが、音楽に向ける情熱をためらうことはなかった。
ルイアームストロングのコンサートを観に行ってアームストロング本人と出会った事は彼を激励した。

ケビンは4才の時姉のビアノを自己流に弾き始めた。そして7才で兄のサックスフォンを吹きはじめた。彼はいろいろな楽器を楽しんだ。9才になった時、彼の父は自分の本当にやりたい楽器を見つけるように提案した。

ケビンはドラムをやりたかったが、父はケビンの身体障害を思いやりドラムはすすめなかった。ケビンの兄はバンドをもっており、その時ちょうどベーシストが必要だった。

その年のクリスマス、スワップミートで初めてのベース(セントジョージ)を買ってもらった。兄は彼にそのテクニックを教えた。

彼は、ナットキングコール、フランクシナトラ、ビッグバンド、クラシック音楽、リズム&ブルース、ソウル、そしてロック、等さまざまな分野の音楽を聞いた。

その時代は今のようなステレオシステムや、デジタルテクノロジーはなく、レコードプレーヤーだけでベースの音も聞き取りにくかった。ケビンはレコードプレーヤーの上に耳をくっつけるようにして兄のバンドで演奏する曲のベースラインを聞いた。

13才の時、カリフォルニア州ワッツ市のミルトンホールで正式に音楽の勉強を始めた。(フルート演奏)。アコースティックベースもこのころハミルトン氏から学び始めた。

ピューステンス高校でケビンは譜面の読み方を学ぶ。和声も学び、20世紀西洋音楽、対位法、等のコースを修得した。信望のあるピコリビラステージバンドで演奏した事は、彼の素晴らしい経験になったと共にベースプレイヤーとしての座を得た。
このバンドは3年続けて、ハリウッドボールでのコンテストで優勝したうえ、その他いろいろな賞を獲得した。ケビンはオレンジコースト大学ジャズバンドコンテストでソロ部門の賞をもらった。

高校卒業後、奨学金でロングビーチ大学に入学、その後彼はプロのミュージシャンになる事に決め、ニューヨークに移り、トミ−ドーシーオーケストラに入る。その後ロスに戻り、デビッドボーケンハーゲンでナサニエルガンゴースキー、エイミ−
ポーラット、LAフィルハーモニーのバリ−リ−バーマン、等からクラシックのアコースティックベースを学ぶ。

ベルフラワーシンフォニーオーケストラで演奏しながら彼はロングビーチ大学を卒業した。

彼のキャリアは上昇し、音楽会でのトップクラスのベーシスト、プロデューサーの地位を確立する。

世界的に有名なレコーディングアーティストやエンターテイナー達と共演する他、テレビ、映画、ウェブデザインの仕事もする。

2004年、グループ”アウトキャスト”の”アルバムオブイヤー”と
”ベストラップアルバム”で彼は”ナショナルアソシエーションオブレコーディングアート”そして”サイエンスダブルグラミー賞”を獲得した。

                                                  田村裕子